ウルトラマンガイア第30話「悪魔のマユ」――許しを超えた理解――

今回は梶尾と律子の関係、そしてXIGの判断やそれぞれの思いを通して「人は許されるよりも理解される方が救いになるのではないか」という問いが見えた回だと感じました。

この回では誰か一人が明確に間違っているわけではありません。XIGは全体を救う判断を下し、我夢は一人でも多く救おうとし、梶尾は組織の判断を遂行する責任を背負いながら、律子への個人的な情を抱え、迷います。律子には亡くなった夫への思いがあり、敦子には姉への心配と梶尾への恋心があります。

「悪魔のマユ」という題名は、それぞれの判断や責任、思いが複雑に絡み合い、「マユ」となって人々を包み込み、身動きが取れなくなっていく状況を表しているようにも見えます。

立場と思いが絡み合う「マユ」――誰も間違っていないからこその苦しみ

・一人で背負う方法しか見出せなかった我夢

我夢は今回も科学的に敵を解析し、敵の中枢神経に麻酔弾を撃ち込み、時間を稼ぐ作戦を立てました。その間にビルの中の人間を助けるという算段です。

我夢は、麻酔弾が10分間効くはずだという予測が外れ、律子をビル内に取り残してしまったことに、責任を感じていたのではないでしょうか。

そんな中、XIGから律子の生命反応が確認できず、ナビからの応答もないため、ファイヤーボムでビルを怪獣の卵ごと焼き払うという判断を聞かされます。我夢やチームシーガルの松尾やマイクルは救出に向かおうとしますが、シーガルのリーダーである神山に「仲間に仲間を撃たせて泥をかぶせる気か」と止められます。

そして、ビルに取り残された人物が、大切な仲間である敦子の姉・律子だと知ります。その事実が我夢の「律子を絶対に救いたい」という思いを強くしたように見えます。

シリーズで何度も描かれてきた、我夢の「すべての人を救いたい」という思い。そこに、敦子の大切な姉である律子への感情が重なります。

シーガルはそれぞれの任務に向かいました。我夢はガイアに変身し、梶尾がファイヤーボムを撃つ前に律子を救うこと、怪獣の卵の孵化を阻止すること、ゴキグモンの動きを止めること、そのすべてを一人で抱えます。

それらすべてを一人で叶えようとする、不可能にも思える行動へと、我夢は駆り立てられたのかもしれません。

・合理的な判断を下さなければならないXIG

大量の卵の中に埋もれ、生命反応が確認できず、ナビからの応答もない。生きているかどうかわからない一人を救うために、卵が孵化して大勢の市民が犠牲になるリスクを取るよりも、ビルごと焼き払い、市民の安全を確保する。これは組織にとって非常に合理的な判断だと思われます。

・救うことだけを選べなかったシーガル

今回、チームシーガルの任務はビルの中に残された人々を救出することでした。しかし、最後の一人である律子を救出しようとしたとき、怪獣が麻酔から目覚めました。怪獣が迫る中、律子の救出を諦め、退避せざるを得なかったのです。

律子自身が「私のことはいいのでこの子を先に」と訴えたことも、その場を離れる決断を後押ししたように見えます。

しかし、救出を任務とする松尾とマイクルは、ファイヤーボムでビルごと卵を焼き払う組織の判断を聞いて、律子を助けに行こうとします。そこには、レスキュー隊員としての矜持が表れているように思います。

一方、シーガルのリーダーである神山はそれを止めます。なぜなら、救助に向かった仲間を別の仲間が撃つという事態を招きかねないからです。

ここでチームシーガル、とりわけリーダーである神山は非常につらい立場に置かれています。「あの時、律子を救出できていたかもしれない」という思いを抱えていても不思議ではありません。それでも彼らは今から起こる火災を止めるため、自分たちの任務を遂行しなければならないのです。

・組織判断と個人的な情の中で罪悪感を背負った梶尾

梶尾はXIGに所属するパイロットであり、チームライトニングのリーダーでもあります。個人的な感情だけを理由に任務に背くことができない立場です。

梶尾はXIGの命令を受け、律子が生きているかもしれないビルをファイヤーボムで焼き払う任務に就きます。律子とは『迷宮のリリア』の回で敦子の自宅を訪れた際に面識があり、すでに言葉を交わしたことのある相手です。

ファイヤーボムを撃つこと自体はチームライトニング3人の任務ですが、梶尾は「俺が撃つ」と自らその責任を引き受けます。

一度はガイアに阻止されかけますが、ガイアが敵の攻撃によってマユに包まれ、身動きが取れなくなったことで、梶尾はファイヤーボムをビルに撃ち込みます。しかし、怪獣が弾を跳ね返したことで、結果として律子は命を失わずに済みました。

それでも、律子が取り残されている可能性を知りながら、そのビルごと焼き払おうとした事実は梶尾の中に重くのしかかっていても不思議ではありません。

その後、ガイアがマユを破壊し、敵と交戦している間、ビルの周囲を飛んでいた梶尾は律子と目が合います。卵の孵化まで時間がない状況にもかかわらず、梶尾は戦闘機から降り、律子を救出しました。

梶尾の中には、「自分が律子を殺してしまっていたかもしれない」という罪悪感と、組織の命令に最後まで従いきれなかった葛藤が、複雑に絡み合っていたのではないでしょうか。

・亡き夫への思いから自分の命を後回しにする律子

律子は一貫して自分の命よりも他者の命を優先します。自分よりも女の子を、自分よりも大勢の人々を。

律子はビルの前で出会った女の子とともに、怪獣のマユに巻き込まれ、ビルの中に閉じ込められます。

チームシーガルが救助に来ますが、麻酔が切れた怪獣が迫る中、「わたしはいいのでその子を先に」と神山に訴え、女の子の救助を優先させます。その際、律子は助けが必要になったときに連絡できるよう、神山からナビを渡されます。

その後、ビル内に怪獣の卵が産みつけられ、「卵が孵化すれば大勢の人が犠牲になる」と知った律子は、自ら助けを求めることをやめます。

では、なぜ律子はそこまで自分の命を後回しにしようとしたのでしょうか。

その背景には亡き夫への思いがあったと解釈できます。

律子の夫は防衛隊のパイロットであり、怪獣との戦闘によって命を落としました。夫が担っていた「人々を守る」という使命が、夫を大切に思うあまり、律子の中にも内面化されていたのではないでしょうか。

ここで一つ考えておきたいのは、律子の選択が必ずしも自己犠牲として称賛されるべきものではないという点です。

もし律子がナビを使って助けを求めていれば、XIGは律子を救出したうえで、ビルを焼き払う方法を検討できたかもしれません。もしそれが可能であったなら、梶尾は「律子を殺してしまうかもしれない」という罪悪感を背負わずに済んだ可能性があります。

また、シーガルが救助に来た際も、律子が「わたしはいいから」と言わなければ、その時点で助かっていた可能性もあります。

もちろん、律子の判断そのものが間違っていたということではありません。

ただ、亡き夫への強い思いが、自分自身の命を後回しにする選択へと律子を向かわせた。そしてその自己犠牲が梶尾やシーガルにも別の苦しみを背負わせることになった。

そう考えると、律子自身もまた、自らの思いによって「マユ」の中に絡め取られていたように思えます。

・見守ることしかできない敦子

敦子は今回とても苦しい立場に置かれていました。

敦子は我夢にドライフラワーの花束を梶尾に渡すように頼みます。敦子が梶尾に思いを寄せていることは、これまでの回でも描かれていました。

怪獣の出現を受け、敦子はオペレーターとしての任務を遂行していましたが、姉の律子がビル内に取り残されていることが判明します。

事件に親族が関係している場合は任務から外れるというXIGの規定に従い、敦子は席を立ちます。

大切な姉である律子がビルに取り残されている。生きているかもしれない律子が、自分の思いを寄せる梶尾の手によって焼き払われるかもしれない。

敦子はそれでも、出撃前の梶尾に歩み寄ろうと声をかけます。しかし、梶尾は何も答えず、そのまま通り過ぎていきます。

そして物語の最後、敦子は病室の外で律子と梶尾が話し終えるのを待っています。二人の間に何かが芽生えたことを感じ取っていても、敦子はそこへ入っていくことができません。

我夢や梶尾、律子がそれぞれ苦しみながらも自ら選択していく一方で、敦子だけは大切な人たちの選択を見守ることしかできません。

誰か一人が明確に間違っているのであれば、その相手を責めることができたかもしれません。しかし、誰にもそれぞれの事情と責任があるからこそ、敦子には怒りを向ける先すらありません。

姉への心配も、梶尾への思いも抱えながら、自分では状況を動かすことができない。

その「何もできなさ」こそが、敦子を包む「マユ」なのかもしれません。

・まとめ

我夢、梶尾、律子、敦子を縛っているものは、それぞれ異なります。しかし、そのどれもが悪意から生まれたものではありません。誰かを救いたいという思い、組織人としての責任、亡き人への愛情、大切な人を失いたくないという願い。本来は人を支えるはずの思いが複雑に絡み合ったとき、人はかえって身動きが取れなくなる。その状態こそ、この回で描かれたもう一つの「マユ」だったのではないでしょうか。

梶尾と律子

梶尾と律子が病室で交わす会話には、二人が互いの行動の意味を理解していく過程が描かれています。

梶尾は律子に「なぜナビで助けを呼ばなかったんですか」と問いかけます。そこには、自分が律子のいるビルを焼き払おうとしたことへの、処理しきれない感情も含まれていたように見えます。

律子は「私一人のせいで大勢の人が犠牲になる、そう思ったら」と答え、さらに、そこは亡き夫が命を落とした場所であり、「主人に怒られるような気がして」と明かします。

ここで梶尾は、律子がなぜ助けを求めなかったのかを理解します。律子が選んだのもまた、多くの人を守るために一人を犠牲にするという、XIGが下した判断とよく似たものだったからです。

そして今度は、梶尾が自分の側の真実を明かします。「自分はビルを焼き払おうとしました」「言い訳はしません。任務ですから」。梶尾は、自分が律子を救った英雄としてだけ見せようとはしません。彼女を殺してしまうかもしれなかった事実まで含めて、自分の行動を律子に差し出します。

それに対して律子は、梶尾を断罪しません。「主人もきっとそうしていたと思います」と答えます。

この言葉は、梶尾のしたことを無かったことにする「免罪」ではありません。律子は、夫を通して、人を守る立場にある者が時に残酷な判断を背負わなければならないことを知っています。だからこそ、梶尾がなぜあの判断をしたのかを理解することができたのではないでしょうか。

梶尾も律子の選択を理解し、律子も梶尾の選択を理解する。二人は互いを「正しかった」と言い合うのではなく、「なぜそうしたのか」を知ります。その瞬間、二人の間には、許されることとは少し違う、「理解された」という救いが生まれたように思えます。

ドライフラワー

・我夢を動かしたドライフラワー

我夢は敦子にドライフラワーの花束を梶尾に渡すよう頼まれます。その花束を姉の律子が作ったことも知っていました。

律子がビルに取り残され、XIGがビルごと焼き払う判断を下したとき、我夢は律子が亡き夫に供えたドライフラワーを目にします。

ここで我夢が救おうとしたのは、ただ「ビルに取り残された一人の命」だけではなかったのではないでしょうか。敦子を大切に思う律子。そして、律子を大切に思う敦子。その二人の思いまで含めて、我夢は救いたいと強く願ったように見えます。

・一輪のドライフラワーに宿る一筋の理解

梶尾は律子と病室で話し終え、病院を出ます。そのとき、胸のポケットから一輪の小さなドライフラワーを取り出し、見つめます。

劇中で明示されているわけではありませんが、梶尾は自分が受け取った花束が、敦子からの好意であり、律子が作ったものだと気づいていたのではないでしょうか。

律子との会話を終え、病院という閉ざされた空間から外へ出て、一輪の花を見つめる。そのドライフラワーは梶尾にとって、律子から受け取った「理解」を象徴する一筋の光だったと解釈できるかもしれません。

最後に

我夢、梶尾、XIG、シーガル、敦子、そして律子。それぞれの責任や愛情、誰かを救いたいという思いが「マユ」のように絡み合い、誰も明確には間違っていないのに、身動きが取れず、罪悪感の中に閉じ込められてしまう。そんな回だったように思います。

ドライフラワーは、律子の亡き夫に対する思いや、失われた命を大切にすることの象徴にも見えます。そのドライフラワーが我夢を動かし、最後には梶尾の心に光を灯す役割を果たしたように感じました。

人は生きている限り、誰かを傷つけ、間違いを犯します。そのとき、私たちを救うのは単純に罪を許されることではなく、「なぜそうしたのか」を誰かに理解されることなのかもしれません。

そんなことを考えさせられる第30話「悪魔のマユ」でした。

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