前編では、ダイゴやGUTSの隊員たちがどのように未知の領域へ接近し、その境界と接触していくのかを見てきました。今回は、第1話「光を継ぐもの」がどのように神話の始まりとして描かれているのかを深掘りしていきます。
前編はこちら:「ウルトラマンティガ 第1話『光を継ぐもの』前編——境界を越えるものたち——」
ゴルザとメルバ——神話を目覚めさせる脅威
地と空から現れる二つの脅威
ユザレによるとゴルザは「大地を揺るがす怪獣」、メルバは「空を切り裂く怪獣」と説明されています。
つまり、大地と空という異なる領域から、二つの脅威が現れることになります。
この配置を象徴的に読むならば、ゴルザとメルバは単なる二体の怪獣ではなく、地球全体を覆う大異変を示す存在として描かれているように見えます。
ゴルザは太陽が浮かぶ砂漠に現れ、一方のメルバは月を背にして島から姿を現します。
大地と空、太陽と月。
二体には、それぞれ対照的な領域やイメージが与えられています。
もちろん、この太陽と月の配置だけから、作品が明確に陰陽思想を意図していると断定することはできません。
しかし、太陽と月を陰陽の対比として読むことができるとすれば、ゴルザとメルバは地と空だけでなく、互いに対照的な性質を持つ二つの脅威として配置されているようにも見えます。
ゴルザはただの敵ではない
ゴルザは第1話で最初に姿を現す怪獣です。
そして、ティガのピラミッドへ到達すると、光線によってピラミッドを消し、その内部に残されていた三体の巨人の石像を露出させます。
その後、ゴルザとメルバは石像を次々と破壊し、最後に残ったティガの石像へ迫ります。
その時、ティガを守ろうとして怪獣へ向かったダイゴは光となり、石像と一体化します。
こうして見ると、ゴルザは地球を脅かす敵である一方、物語上では石像を外部へ露出させ、最後に残ったティガを破壊しようとすることで、結果としてダイゴが光となる状況を生み出しています。
もちろん、ゴルザ自身がティガを復活させようとしていたわけではありません。
それでも物語の構造として見れば、ゴルザの襲撃がなければ、眠っていた巨人の石像が露出し、ダイゴがティガを守るために危険へ飛び込む状況も生まれていません。
そう考えると、ゴルザは単なる「倒される敵」ではなく、ティガという未知の存在を現代に目覚めさせる契機の一つとして機能しているようにも見えます。
そして、ゴルザはティガがメルバと戦っている間に地中へ逃げていきます。
勝ち目がないと判断して逃走した、と見ることもできるでしょう。
しかし、第1話で倒されることなく姿を消したという配置には、どこか未完の印象も残ります。
この怪獣が後の物語でどのような意味を持つことになるのか。
ゴルザの逃走は、ティガとゴルザの関係がこの一度の戦いだけでは終わらないことを、静かに予告しているようにも見えます。
繰り返される「3」
『ウルトラマンティガ』には、「3」を連想させる要素がいくつも登場します。
まず、「ティガ(tiga)」はインドネシア語やマレー語で「3」を意味します。
また、ティガはマルチタイプ、パワータイプ、スカイタイプという三つの姿を使い分けて戦います。
ピラミッドもまた、三角形を基調とした造形になっています。
そして、その内部に残されていた巨人の石像は三体でした。
この反復を手がかりにすると、ティガという存在には、さらに神話的な構造が見えてきます。
神が人となるのではなく、人が光となる
神話の反転として読む『ウルトラマンティガ』
前章で見たように、『ウルトラマンティガ』には「3」を連想させる要素がいくつも登場します。
「3」という数から連想される宗教的な概念の一つに、キリスト教の三位一体があります。
キリスト教における三位一体とは、「父」「子」「聖霊」という三つの位格がありながら、神そのものは一つであるという教えです。三つの神が存在するという意味でも、一つの神が三つに分裂しているという意味でもありません。
ただし、ここでティガと比較したいのは、三位一体そのものよりも、それと関連するキリスト教の「受肉」という構造です。
キリスト教では、神である子が人間となり、この世界に現れたと考えられています。
しかし、第1話のティガでは、それとは逆向きの出来事が描かれています。
ダイゴは神ではありません。まず一人の人間です。
そのダイゴが光となり、古代から残されていた巨人の身体と一体化することで、ウルトラマンティガが蘇ります。
神が人となるのではなく、人が光となり、神話的な存在を立ち上げる。
もちろん、ティガがキリスト教の教義をそのまま反転させて作られていると断定することはできません。
しかし、この構造を神話的に読むならば、第1話で描かれている「光」は、人間の外側から一方的に与えられる力ではなく、人間の側から現れるものとして描かれているようにも見えます。
そう考えると、『ウルトラマンティガ』は単に「神のような存在が人間を救う物語」ではありません。
人間の側から現れた光が、古代から残された巨人の器と結びつくことで、ウルトラマンティガという神話的存在を現代に蘇らせる。
第1話は、そんな神話の始まりとして読むこともできるのではないでしょうか。
ピラミッド——過去が眠り、神話が始まる場所
ユザレによれば、かつて地球を守っていた巨人たちは、戦いの身体を地上に残し、光となって星雲へ帰っていきました。
その身体が眠っていた場所こそ、ティガのピラミッドです。
この意味で、ピラミッドは古代の巨人たちの「墓」のような場所として見ることができます。そこにはすでに去った者たちの身体だけが残されています。
しかし、ピラミッドは死を保存するだけの場所ではありません。
ダイゴはユザレに導かれるようにしてピラミッドへたどり着き、その内部へ入り、巨人の石像に自ら触れます。そして後に、ダイゴ自身が光となり、残されていた巨人の身体と一体化することで、ウルトラマンティガは現代に蘇ります。
そう考えると、ピラミッドは墓であると同時に、「胎内」のような場所としても読むことができます。
ただし、この二つはまったく別の意味ではありません。
古代の巨人の身体と記憶が眠る場所でありながら、そこから現代のティガという新しい神話が始まる。
死を保存する場所が、そのまま再生の起点になる。
ピラミッドは、過去と現在、死と再生をつなぐ場所として機能しているように見えます。
そして、ここで一つ疑問が残ります。
ピラミッドに残されていたのは、古代の巨人たちの「光」ではありません。ユザレの言葉では、彼らの光はすでに星雲へ帰っています。
では、ダイゴはいったい何を「継いだ」のでしょうか。
光とは何か、「光を継ぐもの」とは誰なのか
ダイゴは何から光を継いだのか
前述した通り、ユザレによれば、古代の巨人たちは戦いの身体を地上に残し、光となって星雲へ帰っていきました。
つまり、ピラミッドに残されていたのは古代の巨人たちの身体であり、彼らを動かしていた光そのものではありません。
それでは、第1話のタイトルである「光を継ぐもの」とは、何を意味しているのでしょうか。
ダイゴは誰かから光を直接受け取ったわけではありません。
むしろ物語の中で起きているのは、ダイゴ自身が光となり、古代から残されていた巨人の身体と一体化するという出来事です。
そう考えると、「光を継ぐ」とは、過去に存在した光そのものを受け渡されることではないのかもしれません。
古代から残された巨人の器、地球を守るという役割、あるいは光となる可能性。
ダイゴが受け継いだものが何なのか、第1話だけでははっきりと答えは示されていません。
しかし少なくとも、光は完成された力として外側からダイゴへ与えられたのではなく、ダイゴ自身が光となることで現れています。
では、その光はダイゴだけが持つ特別なものなのでしょうか。
それとも、人間そのものに備わった何かなのでしょうか。
「光を継ぐもの」とはダイゴだけを指すのだろうか
第1話だけを見れば、「光を継ぐもの」という言葉が最も直接的に指しているのはダイゴでしょう。
彼は実際に光となり、ティガを現代に蘇らせます。
しかし、「光」がダイゴ一人だけに与えられた特別なものなのか、それとも人間という存在そのものに関わるものなのかは、第1話の時点ではまだ分かりません。
もし光が人間の中に存在する普遍的な可能性を表しているのだとすれば、「光を継ぐもの」という言葉は、ダイゴ一人だけを指すものではなくなるのかもしれません。
第1話「光を継ぐもの」は、ダイゴがティガになる物語であると同時に、私たちに一つの問いを残しているようにも見えます。
光とは何なのか。
そして、それを継ぐ「もの」とは誰なのか。